9年も捜索

<鶴岡のタケノコ採り男性不明>遭難歯科医、捜索9年 関係者3人、今年も /山形

7月2日17時40分配信 毎日新聞


<鶴岡のタケノコ採り男性不明>遭難歯科医、捜索9年 関係者3人、今年も /山形

遺留品が見つかった雪渓を指さす渡辺幸任さん(右端)ら=鶴岡市羽黒町の月山で2008年7月1日、長南里香撮影

 ◇「あきらめきれぬ」遺族の思い背に 月山山開き、入山者次々

 出羽三山の主峰、月山(標高1984メートル)が1日、山開きし、夏山シーズンが到来した。夜明け前から白装束の参拝者らが頂上を目指す中、9年前に遭難したままの鶴岡市家中新町の歯科医、井桁隆輔(りゅうすけ)さん(当時70歳)を捜す関係者も入山した。「あきらめきれない」という遺族の思いを背に、遺留品が見つかった8合目近くを歩いた。【長南里香】

 手がかりを捜しているのは、同市本町の自営業、渡辺幸任さん(59)▽同市羽黒町の畜産業、叶野由廣さん(58)▽同市日出の洋品業、石川亮さん(42)−−の3人。井桁さんと面識はないが、当時現場近くでタケノコ採りをしていて捜索に加わった。遺族に情報提供するうち、月山を愛し人望が厚い人柄に触れた。「人ごととは思えない」と、山菜採りで山に入るたび自主的に捜索するようになったという。

 顔も知らない者同士だったが、一緒に山を歩くたび連帯感が生まれた。遺留品のリュックなどは発見できたが井桁さんは見つからず、消息は得られない。「山にはいないんじゃないか」という疑問を抱きながらも、開山日のたび当時を思い、井桁さんの身の上を案じている。

 月山は「死の山」で、亡くなった人の魂が集まる場所とされる。井桁さんは失踪(しっそう)宣告がされ法律上は故人。今年4月には葬儀も営まれた。しかし渡辺さんらは「私たちの心の中では死んでいない」と話す。残された娘たちの「父の身の上にあったことすべてが知りたい」という声を受け、粘り強く真相を究明していくという。

 井桁さんが遭難したとされるのは99年7月1日。午前6時半ごろに妻とタケノコ採りに入ったが、午後4時ごろ妻が「夫が1人で沢に入ったまま戻らない」と知人を通じ鶴岡署に通報。同署員と山岳救助隊らが5日間にわたり捜索したが発見できなかった。
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私なら諦めてしまうでしょう。月山は登山をしていた20代に山スキーで何度も行きましたが、地形が読めない怖い山だな、と感じました。沢は見た感じ、深かったような記憶があります。9年も捜索とは、頭が下がります。生存は絶望でしょうが、遺留品等見つかってくれる事を祈ります。

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