氷核活性細菌
我々の周りには様々な細菌がいるわけですが、その中で変わっている細菌は大気中の雨降らし細菌です。アメリカ、ルイジアナ州立大学の微生物学者ブレント・
クリストナー博士が雨、雪、雹、ひょうの中には氷核形成体と呼ばれる有機物が存在していることを発見しました。雪や雨は「氷核」と呼ばれる微粒子を元に形
成されます。摂氏10度を超える温度で形成される雪や雨の氷核の大部分は、生物学的氷核、つまり氷核活性細菌であることが確認されています。なんと、私た
ちはチリが核になって雨粒ができると習っていましたが違うんですね。この氷核活性細菌は地表と大気上空をダイナミックに循環しているらしいことが最近考え
られるようになっています。つまり、
大気中の水蒸気が雨になって降り注ぎ、それが蒸
発して再び雨になるという水の循環に細菌が大きく関わっているらしいのです。つまり、土壌中の氷核活性細菌が大気の循環によって上空に上昇し、そこで自ら
雨を形成して地上に雨と共に落下し、雨がやんだ後再び大気の循環に乗って上空へのぼっていく事によって、水の大循環の原動力となっているようなのです。
さて、この氷核活性細菌ですが、実は私達の身近ですでに商業利用されています。
アメリカのバイオベンチャー、アドバンスト・ジェネティックス社が1980年代にアメリカで「スノーマックス」という製品を発売しました 。これはシュードモナス属(Pseudomonas)の細菌を殺菌した上で粉末にしたものです。これが実は
バイオ人工降雪機とも言うべきものです。
水が何度で凍結するかはその水の純度や周辺の環境、水滴の大きさによって異なります。水は0度で凍るものだと一般には考えられていますが、不純物やゴミ
の混じっていないきれいな水は「振動を与えない」「ゆっくり温度を下げる」などの条件を満たすと過冷却という現象が発生し、マイナス39度付近まで凍りま
せん。ところが、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas
fluorescence)KUIN-1と呼ばれる細菌を添加するとそれよりも高い温度で凍ってしまいます。
基準となるきれいな水がマイナス22度で凍るように実験条件を設定したとき、
シュードモナス・フルオレセンスKUIN-1入りの水はそれよりはるかに高いマイナス3度で凍ってしまいます。同じ実験条件でその他の細菌が凝結温度を上
げる効果があるかどうかを調べたところ、大腸菌ではマイナス20度、乳酸菌はマイナス19度で凍結し、何も添加しないときとほとんど変わりませんでしたの
で 、明らかにシュードモナス・フルオレセンスKUIN-1には水を高い温度で凍結させる働きがあるようです。凍結温度の上昇は菌体が凝結核になるのではなく、菌体が産生して細胞外に分泌する氷核タンパク質、糖、脂質、ポリアミンから構成される複合物質によるものだという事が関西大学工学部小幡教授らの研究によってすでにわかっています。始
めは農作物の被害を減らすにはどうすればよいかという観点から氷核活性細菌は研究が行われていましたが、その能力を活用する方法はないものかと考えたバイ
オベンチャーによって人工降雪機として使用するアイディアが浮かびました。空気中の水分がマイナス7度以下に冷却されると雪になります。ところが、氷結活
性タンパク質が存在しているとマイナス0.5度で雪になることがわかりました。
そこで水をホースから霧のように噴き出し、その中に殺菌して粉にした氷核活性細菌をまぜておくと気温が0度を切る程度であれば容易に雪となりますので、単なる霧吹きが人工降雪機にかわってしまうという次第です。菌は殺して菌体の作った複合物質を使うようです。
この技術は1988年のカルガリー冬期オリンピックで大々的に使用されました。この時用いられたのはシュードモナス属(Pseudomonas syringae)の殺菌菌体で、現在は前述の通り「スノーマックス」の商品名で日本にも輸入されています。
アイスクリームの中に氷核活性細菌を入れるとなかなか解けないアイスクリームができます。というのも、氷結活性細菌は水が凍る温度を上昇させますが、いったん凍ると今度はなかなか溶かさない作用を持ちます。こ
んなアイスクリームなら炎天下で食べていてもいつまでもおいしく食べることができそうです。ただし、人工降雪機に使ったシュードモナス属細菌はにおいや色
がありますので、食品添加物としては不適切です。氷結活性を担うタンパク質の設計図はシュードモナス属細菌の遺伝子に書き込まれていますので、遺伝子組み
換え技術で氷結活性蛋白を別の食べられる種類の細菌の遺伝子に組み込んでやれば食用の氷結活性細菌ができる可能性があります。
なおシュードモナスは「なんだかよく分からない細菌の総称」のようです。
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